福岡地方裁判所 昭和47年(ワ)1160号 判決 1974年10月04日
原告
渡辺重典
ほか二名
被告
岩下圭
ほか一名
主文
1 被告らは各自、原告重典に対し金四一万一五六〇円、原告典子、同彰に対しそれぞれ金三一万一五六〇円及びこれらに対する昭和四七年一〇月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。
4 この判決は1項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告ら)
1 被告らは各自、原告重典に対し金三二六万一八〇〇円、原告典子、同彰に対しそれぞれ金二九六万一八〇〇円及びこれらに対する昭和四七年一〇月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
(被告ら)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 原告らの請求原因及び被告らの主張に対する認否・反論
1 被告岩下治は、昭和四七年一月一二日午後七時二五分頃、父である被告岩下主所有の普通乗用自動車(福岡五せ五〇七一)を運転し、福岡県朝倉郡朝倉町大字宮野二〇四六番地の一先道路を日田市方面から甘木市方面に向け進有中、運転開始前飲んだ酒の酔いのため注意力が散漫となり、前方注視が不十分な状態となつていたから、直ちに運転を中止すべき注意義務があるところ、これを怠り、前方注視不十分のまま運転を継続した過失により、自車を道路右側部分に逸走させ、折から進路前方に対面して停車中の訴外山田不二夫運転の普通乗用車右前部に自車前部を衝突させ、よつて自車に同乗していた訴外渡辺サヽヱに対し、頭部外傷Ⅰ型、両肩部、右手及び両膝部打撲症、右足関節捻挫、頸項部軟部組織損傷の傷害を負わせた。
2 ところで、渡辺サヽヱは右傷害のため、同年一月一三日より二月一五日まで三五日間福岡県立朝倉病院に通院、二月一六日より四月五日まで五〇日間及川医院に入院、四月六日より同月二一日まで一六日間富田外科医院に入院、同月二二日より六月六日まで四六日間同医院に通院、六月六日川浪病院に入院、同月七日からは右川浪病院に通院して、治療を受けていたが好転せず、日夜激しい頭痛、眼痛、めまい、歩行困難に苦しみ、辛うじて自己の用便を果すだけの寝たきりの有様で、通院治療中も家事など全くできないという状況が続き、つねづね「とても苦しくて生地獄とはこのことだろう、これ以上入院してお金を使つたらこれから先子供や主人の生活はどうなりますか、子供や主人達を苦しめることは申訳ない」ともらし、前途を苦にしていた。ところが、加害者である被告岩下親子は「話合はしない、裁判でも何でも気のすむようにしてくれ、交通事故位で裁判にかけるなんて馬鹿みたいげな」といつた態度で終始し、あまつさえ及川医院に入院中の右サヽヱに対し激しい剣幕でどなりちらし、苦しんでいる病人を不安の底につきおとしたり、サヽヱの夫である原告重典にも「変なことをすると家でも何でも打ちくずしてしまうぞ」とどなりつけたりする始末で、このような被告らの仕打に右サヽヱはますます精神的肉体的苦悩を深め、遂に昭和四七年八月五日午前〇時頃原告ら夫や子供達に後事を託する遺書を残してガス自殺をするに至つた。
右サヽヱの自殺は結局において、本件交通事故に基づく傷害による肉体的精神的苦痛及びこれをますます深めた被告らの言動に起因するものであるから、本件交通事故による受傷と右死亡との間には相当因果関係があるといわざるを得ない。
3 被告主は事故車の所有者で自己及び家族のために日常これを使用していたものであるから、家族の一員たる子の被告治が発生せしめた本件事故につき、自賠法三条によりその損害を賠償すべき義務があり、被告治は前記過失による不法行為責任を免れないものである。
4 本件事故によつて生じた損害は次のとおりである。
(一) 医療費 金五二万一八一七円
福岡県立朝倉病院二万六二七七円、及川医院三一万〇〇二〇円、富田外科医院一六万二二六〇円、川浪病院一万七五五〇円、医療法人甘木保養所五七一〇円
(二) 入院中諸雑費 金一万三二〇〇円
六六日間、一日二〇〇円
(三) 葬祭費 金一六万六八四七円
(四) 得べかりし利益の喪失 金三五七万七〇〇〇円
亡サヽヱは一家の主婦として家事労働に従事していたものであるが、その死亡による逸失利益は次のとおり算定される(ただし一〇〇〇円未満切捨て)。
(生年月日) 昭和一〇年二月一日生
(推定余命) 一八年(厚生省第一二回生命表)
(就労可能年数) 二六年
(収益) 月額三万三九〇〇円(昭和四三年賃金構造基本統計調査報告、昭和四三年平均年令別給与額、三七才該当)
(生活費) 一万五〇〇〇円
(毎月純利益) 一万八二〇〇円
(ホフマン係数) 一六・三七八九
18,200円×12×16.3789=3,577,151円
なお、サヽヱは、洋裁仕立の内職で月々平均二万円の収入を得ていたものであるところ、前記傷害、死亡によりこれを失つたので、その二分の一の一万円を純利益としても、今後二六年間就労可能で年毎年五分の中間利息控除ホフマン式計算により金一九六万五〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)を失つたこととなる。よつて前記金三五七万七〇〇〇円の逸失利益が認められないときは、予備的に右金一九六万五〇〇〇円を請求する。
(五) 亡サヽヱの慰藉料 金三五〇万円
同女は本件事故により長期間入通院を余儀なくされ、被告らの冷たい仕打もあつて、肉体的精神的苦痛に耐えられず、夫や最愛の子供二人を残して生命を絶つのやむなきに至つたもので、その慰藉料は金三五〇万円をもつて相当とする。
(六) なお、自賠責保険金三九万三二四八円が前記医療費に充当されるので、医療費は残額一二万八五六九円である。
(七) 相続
原告重典はサヽヱの夫、原告典子は同女の長女、原告彰は同女の長男として、それぞれ相続分に応じ同女の賠償請求権を相続した。その額は前記(一)ないし(六)による合計金七三八万五六〇〇円の各三分の一にあたる金二四六万一八〇〇円である。
(八) 原告らの慰藉料 各金五〇万円
(九) 弁護士費用 金三〇万円
原告らは被告らに対し損害賠償を求めたが、前記のとおり応じないので、原告重典において弁護士である本件訴訟代理人らに訴訟を依頼し、着手金として金一五万円を支払い、成功報酬として同額の支払を約した。
5 よつて、原告重典は右(七)(八)(九)の合計金三二六万一八〇〇円、原告典子、同彰はそれぞれ(七)(八)の合計金二九六万一八〇〇円、及びこれらに対する本訴状送達の翌日である昭和四七年一〇月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を被告ら各自に求める。
6 仮に、本件交通事故による右サヽヱの受傷と同人の死亡との間に相当因果関係が認められないとしても、その間に条件関係の存在することは明白であるから、このような場合、被告らは亡サヽヱの死亡なかりせば、存すべき全損害を賠償しなければならないものである。
そうすると、本件事故によるサヽヱの各症状は極めて強固であつて、治療を尽したにもかかわらず軽快せず、用便にも這つて行く状態が継続していたのであるから、同人の自殺時の昭和四七年八月五日当時、仮に同人の症状が固定したものとしても、その後遺障害は少くとも自賠法施行令別表七級四号に該当するものと推認され、その逸失利益は次のとおり算定されるので金九六万八四六五円を予備的に請求する。
(後遺障害等級) 七級四号
(労働能力喪失率) 五六パーセント
(継続期間) 一〇年
(ホフマン係数) 七・九四四九
18,200円×12×56/100×7.9449=968,465円
7 (被告らの主張に対する認否・反論)
被告治が被告主の車を無断運転したとの主張及び亡サヽヱがいわゆる好意同乗者であつて同人に重大な過失があつたとの被告らの主張は、いずれも否認する。特に後者については、バスで帰宅するというサヽヱを被告治が誘つて乗車させ、約一〇〇メートル先のバス停で降ろして下さいというサヽヱの声を無視して運転を続けた結果、本件衝突事故を惹起したものであり、この点に関する〔証拠略〕は到底信用に値しない。
また、亡サヽヱが自賠責保険から金四九万三二四八円を受領しているとの主張は認めるが、被告らが同女の治療費中金六七五二円を支払ずみとの点については、原告らはその分の治療費を本訴では請求しておらず、本件には関係がない。
二 被告らの答弁及び主張
1 請求原因1記載の事実中、訴外渡辺サヽヱの傷害の部位、程度は不知、その余は認める。
2 同2のうち、右サヽヱの治療経過、症状等は不知、被告らが同女に対しその主張のごとき言動をしたとの点は否認する。同女がその主張の日時頃ガス自殺により死亡したことは認めるが、自殺の原因、状況は不知。同女の自殺が本件交通事故及び事故後の被告らの言動に起因し、結局本件事故と相当因果関係があるとの主張は否認する。
3 同3のうち、本件事故車が被告主の所有であり同被告が日常これを使用していたことは認めるが、その余の主張は否認する。
4 同4のうち、(七)記載の原告らの身分関係は認めるが、その余は不知。なお渡辺サヽヱは本件事故につき自賠責保険より金四九万三二四八円の給付を受け、また被告らは同女の治療費中金六七五二円を支払ずみである。
5 本件事故発生に至る経緯は次のとおりである。
被告治は郵便局員であるが、勤務先で知合つた訴外松尾清美(女性)より本件事故当日の午後三時前後頃三回にわたり電話があり、「今女性のグループで新年宴会をやつているので飲みに来ないか」と誘われ、当初は固辞していたが再三の誘いに断り切れず、朝倉町比良松所在の飲屋「かつら」に出向いた。
被告治の実父である被告主(小学校教員)は本件事故車を所有していて通勤用に日常使用していたが、被告治がかつて交通事故を起したことがあるから、同被告にはこれが運転使用を固く禁じ、右自動車のキーも常に自己が所持保管していた。ところが、訴外松尾の誘いを受けた被告治は家中を探してスペア・キーを見つけ出し、これを使つて父親に無断で本件事故車を運転して「かつら」に赴いた。
「かつら」に着いてみると松尾は渡辺サヽヱ、訴外高瀬アイ子と三人で酒を飲んいたが、右両名は被告治とは初対面であつた。同所で被告治は右三名の女性と午後四時過頃から午後七時頃まで一緒に酒を飲み、そこを出て本件事故車に乗ると、三名の女性も当然のように乗り込んできた。そこで被告治は同女らを送つてやることにして発進し、その途中で本件事故を起したのである。
以上の次第で、本件事故はいわゆる好意同乗中の事故であり、しかも渡辺サヽヱはお互いに相当酩酊して被告治が酒酔いのため正常な運転ができないかも知れないことを承知のうえで敢えて同乗したのであるから、本件事故については同女にも重大な過失があつたというべきであり、これらの事情は損害額の算定に当つて十分に斟酌されねばならない。
6 また、本件事故による受傷と亡サヽヱの自殺との間には相当因果関係がない。すなわち、まず同女の自殺の原因が奈辺にあつたかは書置その他本件全証拠によるも不明であり、同女の性格、生活史、家庭状況等に深く係わつているものと推測され、本件事故と同女の自殺との間にそもそもいわゆる条件関係が存するかすら疑わしい。
仮に、本件事故による同女の肉体的精神的苦痛がその自殺の一要因をなしたとしても、交通事故の被害者がその肉体的精神的苦痛や将来の生活への不安などから自殺するということは経験則上通常あり得べからざることであるから、交通事故による受傷に伴い脳神経機能に器質障害を来たした結果、被害者が異常精神発作として自殺に及ぶがごとき特異な場合は格別、被害者の自由意思による自殺と事故との間に法律上の因果関係を認めるためには、加害者が被害者の自殺という特別事情を予見しまたは予見可能であつた場合でなければならない。
しかるに、右サヽヱの自殺前の症状は、その主観的愁訴はさて置き、客観的には頭部、頸部にはエツクス線、脳波とも異常所見はなく、その脳神経機能に器質的障害は認められず神経的愁訴が多い体のものであり、むしろ心因性の症状であつたことが推認される。そのことは、本件事故車の他の同乗車にさしたる症状の発現がなかつたことからも推測できる。
したがつて、サヽヱの前記のような症状の態様その他諸般の事情からすれば、被告らにおいて同女の自殺を予見しなかつたことは勿論、その予見可能性もなかつたことは明白である。よつて、被告らが同女の死亡に伴う損害賠償の責を負うべき筋合はない。
7 なおサヽヱの自殺前の症状は前記のとおりであり、その後遺症の有無、程度、持続期間等についてこれを認定すべき証拠はない。
したがつて、仮に本件事故と同女の自殺との間に条件関係を認め、同女の死亡なかりせば得べかりし利益を同女の死亡時以降の損害として算定すべしとの所説に立つとしても、本件の場合その前提となるべき資料が欠除しているので、この点原告らの予備的主張もまた失当である。
8 更に、原告らは右サヽヱが本件事故直前まで内職により月二万円程度の収入を得ていた旨主張するが、これを認むべき確たる証拠はない。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因1記載の事実は訴外渡辺サヽヱの傷害の部位、程度を除いて、当事者間に争いがない。
二 そこで、右サヽヱの本件事故による受傷とその治療経過、そして自殺との因果関係について判断する。
〔証拠略〕を綜合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 渡辺サヽヱは本件事故により頭部外傷Ⅰ型、両肩部、右手及び両膝部打撲症、右足関節部捻挫、頸項部軟部組織損傷の傷害を受け、事故の翌日である昭和四七年一月一三日から同年二月一五日まで三四日間(実日数一六日)福岡県立朝倉病院に通院、同月一六日から同年四月五日まで五〇日間及川医院に入院、同月六日から同月二一日まで一六日間富田外科医院に入院、同月二二日から同年六月六日まで四六日間(実日数三四日)同医院に通院、同日から翌七日まで川浪病院に入院、同日から同年八月一日まで五七日間(実日数五日)同病院に通院してそれぞれ治療を受けたほか、その間同年四月五日には九州大学医学部付属病院脳外科、同月二一日には医療法人甘木保養所において各診察を受けた。
(二) 右治療によつて外傷等は比較的早期に治癒したが、頭痛、項部痛、顔面筋の麻痺感、頸椎廻転運動の制限といつた症状が持続して容易に好転せず、長期間の入院によつてもさしたる効果の期待できないところから、自宅で安静治療に努めることになつていたが、ようやく用便のため這つて行く程度で殆んど寝た切りであり、家事など全くできない状態であつた。もつともこのような症状については、同人に対するエツクス線、脳波検査の各結果に何ら異常所見がなく、脳神経機能にも器質的障害が認められないところから、むしろ心因性のものではないかと判断されていた。
(三) しかして当時右サヽヱ方は、西鉄バスの運転手である夫の原告重典と小学校六年生の長女原告典子、同二年生の長男同彰の二児にサヽヱを加えて四人家族であり、原告重典の右西鉄バスからの給料にサヽヱが洋裁の内職をしたわずかの収入を加え、これによつてその生活を維持していた。ところで、本件交通事故により右サヽヱが六ケ月以上も入通院し、まずその家事や子供らの世話はサヽヱの母親が手伝に来てくれその面倒を見てもらつたものの、その間入通院、看護等に思わぬ出費を余儀なくされ、また当初自賠責保険によつてまかなわれていた医療費も保険が切れ、被告らとの間の賠償交渉も円滑に進行していなかつたため、次第に経済的にも困窮するようになつていた。
(四) 一方被告らは原告側からの賠償交渉に対し、最初は事故後間もなくの右サヽヱが県立朝倉病院に通院の段階であり、むしろ対向車両に与えた損害の処理に追われて熱がなく、一ケ月程度様子を見るということで終り、二度目はいよいよサヽヱの症状が悪化したため原告側からの強い要望により、同女を入院させて治療させることを承諾したが、その際交渉に参加した右サヽヱの遠縁に当る訴外大内田義春が、警察関係の者であるかのように偽つたことが後日判明し、これに立腹してその後は話合にも殆んど応ぜず、裁判でもしてくれといつた態度で終始していた。そして、被告主はさすがに及川病院に入院するようになつたサヽヱを数回見舞つたが、これに同行した被告治の弟久は、サヽヱの症状に疑いを抱いていたのか、その際、病室で「何故病院などに入つているのか」といつたことを怒鳴つたりしたことがある。
(五) このような状況において、右サヽヱはその夫や見舞客に対し「目はかすみ、頭が痛く生地獄のようだ、この苦しさは誰にも分らない、自分の症状はもうこれ以上良くならないのではないか、このまま症状が良くならず自賠責保険も切れたら、今後の生活はどうなるだろう、夫には随分迷惑を掛けているし、子供らに母親としての務めを果すこともできない」といつた症状のひどさや将来の不安を語つており、時には「こんなに心配しなければならないのなら、死んだ方が良い」といつた言葉を述べたこともあつたが、格別身内の者にもその自殺を心配させるような状況はなかつた。
(六) しかるに、右サヽヱは昭和四七年八月五日午前〇時頃原告ら夫や子供達に遺書を残してガス自殺した。右遺書は、夫や子供らに対しこれまで世話になつたことを感謝し、自分の自殺によつてこのうえ迷惑を掛けることをわびるとともに、夫に子供らのことをよろしく頼むと繰り返し述べているだけで、それ以上自殺の理由や本件交通事故については何ら触れるところがない。
以上のような事実が認められ、これによると先ず、右サヽヱは昭和四七年六月七日川浪病院を退院した時点においては、一応頭部、項部等に神経症状は残しているが、その症状は固定していたものと認められるところ、エツクス線、脳波検査等に何らの所見がなく心因性による加重が窺われること前記のとおりであるから、右後遺症の程度は自賠法施行令別表の後遺障害等級表に当てはめてみると、せいぜい一四級九号に該当する程度のものであつたと判断できる。そして、右サヽヱの自殺の原因が奈辺にあつたかこれを確定するすべはないが、同女が本件事故による受傷のため長期間の治療を余儀なくされ、肉体的、精神的に非常な苦痛を蒙り、ことに自己の病状回復に対する不安とそれがもたらす家庭生活の経済的破滅に悩み続け続けていたことからすれば、本件事故がなければ右自殺もなかつたであろうという意味で、いわゆる条件関係の存したことは否定できないであろう。しかし、前記認定のような傷害の内容、程度等に照らすとサヽヱの右自殺が本件事故によつて通常生ずべき結果とは考えられないし、また被告らにおいて右自殺という特別の事情を予見し得たものと認むべき証拠もないので、本件事故と右自殺による死亡との間には未だ相当因果関係があるものとは認められない。
三 次に被告らの責任原因について検討するに、本件事故発生の態様については前記のとおり当事者間に争いがなく、右事実によると被告治に本件事故発生の過失があること明白であるから、先ず同被告が民法七〇九条により損害賠償責任を負担することはいうまでもない。
ところで被告主の関係であるが、同人が被告治の実父であり、本件事故車を所有してこれを自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。そして、〔証拠略〕を綜合すると、被告方には従来自家用自動車が二台あり、被告らが各一台を使用していたところ、被告治が本件事故の前年六月に同様飲酒事故を起し、免許取消処分を受けたため、被告主に車の使用を厳しく禁じられ、被告治が乗用していた車はその弟久において使用することになつたこと、しかし被告治は免許証もなく父にも禁止されていたが、その後も時折必要に応じて本件事故車を運転使用していたこと、そして事故当日も訴外松尾清美から女性ばかり数名の新年宴会に参加を誘われ、当初はタクシーを利用する予定であつたが、一向にタクシーが来ないところから、たまたま被告主が本件事故車を置いたまま外出しているのを利用し、本箱の中から被告主が隠していた右車のスペアキーを探し出し、これを運転して出掛けたものであることが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は信用できない。
そうだとすると、本件事故当時被告治による事故車の運転は保有者たる被告主との関係では、一応その禁止に違反してなされた無断運転であつたといえるが、両者が親子の関係にあり、それまでにも被告治がこれを無断運転していたこと、それに右事故当日の事故車の使用状況等に照らすと、被告主は本件事故当時においてなお事故車の運行支配を失つていたとは認められないから、これが運行供用者として自賠法三条により、同じく損害賠償責任を免れないものといわねばならない。
四 そこで、本件事故により右サヽヱ及び原告らの蒙つた損害につき判断する。
(一) 医療費 金五二万一八一七円
〔証拠略〕によれば、亡サヽヱは本件事故による前記受傷の治療のため、原告ら主張の各病院に入通院し、その主張どおりの医療費を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
(二) 入院中諸雑費 金一万三二〇〇円
亡サヽヱが本件事故による受傷のため少くとも合計六六日間入院したことはすでに認定したところであり、同人がその入院期間中諸雑費として一日につき平均二〇〇円を要したであろうことは、経験則上明らかであるから、金一万三二〇〇円の損害を認めることができる。
(三) 葬祭費
本件事故と右サヽヱの自殺との間に相当因果関係の認め得ないこと前認定のとおりであるから、これは本件事故による損害とは認められない。
(四) 得べかりし利益の喪失 金二四万九八九〇円
亡サヽヱは本件事故当時一家の主婦として家事労働に従事する傍ら洋裁の内職をしていたが、右事故によりその翌日から入通院して治療を受け、昭和四七年六月七日の時点で後遺障害等級一四級九号程度の後遺症を残して一応症状の固定を見たこと、しかし同年八月五日同女が自殺するまで右症状により全く稼働できなかつたこと、すでに認定したとおりであるが、本件事故と右自殺との間には少くとも条件関係が認められるので、もし同女の自殺がなかりせば認め得たはずの逸失利益も考慮することとすると、右後遺症の程度からしてなお一年間五パーセントの労働能力の喪失は十分肯認し得るので、これを前提に計算すると次のようになる。
イ 就労不能期間の分
(収益) 月額三万三九〇〇円(原告ら主張のとおり昭和四三年賃金構造基本統計調査報告による)
(就労不能期間) 六・八月(昭和四七年一月一三日から同月八月四日まで)
33,900円×6.8=230,520円
ロ 不完全就労期間の分
(ライプニツツ係数) 〇・九五二三(一年)
33,900円×12×5/100×0.9523=1,9370円
原告ら主張の損害額は、本件事故と右自殺との間に相当因果関係のあることを前提としたり、後遺症の程度・持続期間に掛け離れた前提をとつているので、いずれも採用できない。
(五) 亡サヽヱの慰藉料 金一〇〇万円
同女の慰藉料についても、本件事故と相当因果関係にない死亡を前提とする部分は認められないが、前記認定の受傷の程度、入通院期間、後遺症の内容、程度に、右自殺に至るまでの間の諸事情等を考慮すると、同女に対する慰藉料としては金一〇〇万円をもつて相当と認める。
(六) 過失相殺と損害の填補
〔証拠略〕を綜合すると、本件事故当日、渡辺サヽヱは訴外松尾清美、同高瀬アイ子、同青井千鶴子と四名で、朝倉町比良松の飲食店「かつら」において新年宴会を開き、同日午後四時過頃被告治もこれに参加して午後七時過頃まで飲酒し、全員かなり酩酊して解散となつたが、その際被告治は前記のように本件事故車を運転して来ており、これで右サヽヱら三名を送つてやると申出たこと、これに対し、右サヽヱあるいは松尾において被告治が相当に酩酊おり、その運転を危ぶんでバスで帰るからと一旦は断わつていたが、時間も遅くなつており内心帰宅を急いでいたうえ、三人のうち高瀬が先に事故車に乗り込み、ぐずぐずいわんでもいいではないかとサヽヱを引つ張つたこともあつて、結局被告治に送つてもらうことになり、本件事故車に三名とも同乗するに至つたことが認められる。原告らは右サヽヱが事故車に乗つた後も一〇〇メートル先のバス停で降ろしてくれと言つていたのに、被告治がこれを無視して運転を続けたと主張し、〔証拠略〕にはこれに符合する部分があるが、〔証拠略〕に照らしこれはにわかに信じ難く、他にこれを認めるに足る証拠もない。
とすれば、右サヽヱらは被告治が飲酒によりかなり酩酊していることを知り、一応は運転の安全を危惧してこれに同乗することを躊躇したが、結局のところは自らも飲酒していたためかこれに同乗し、しかも運転開始後その走行状況から容易に危険が感ぜられたはずであるのに、その運転を制止しようしたことが窺えない点など、右サヽヱ自身にも何程かの過失は否定できないものといわねばならない。
そこで、以上の損害額は合計金一七八万四九〇七円になるところ、諸般の事情を考慮しその二〇パーセントを過失相殺することとする。そうすると、被告らにおいて賠償すべき損害額は金一四二万七九二六円となる。
しかし、右サヽヱにおいて自賠責保険からすでに金四九万三二四八円の給付を受けていることは当事者間に争いがないのでこれを控除すると、その残額は金九三万四六七八円ということになる。
(七) 相続
原告らと亡サヽヱの身分関係は当事者間に争いがないので、原告らは共同相続人として、それぞれの相続分に応じて同女の前記損害賠償請求権を相続したことになるが、その額はいずれも三分の一であるから各金三一万一五六〇円ということになる。
(八) 原告らの慰藉料
原告らと右サヽヱの身分関係は前記のとおりである。しかし、同女の死亡と本件事故との間に相当因果関係が認められない本件において、原告ら近親者に固有の慰藉料請求権が認められるのは、被害者に対し生命侵害にも比肩し得るような侵害のあつた場合に限られるものと解すべきところ、前記サヽヱの受傷ないし後遺症の程度等に照らすと、これが右の場合に当るとは到底考えられないので、原告ら固有の慰藉料請求はいずれも失当である。
(九) 弁護士費用 金一〇万円
本件事案の性質、難易度それに認容額等諸般の事情に鑑みると、原告重典の弁護士費用として被告らをして賠償せしめる額は金一〇万円をもつて相当と認める。
五 よつて、被告らに対し原告重典は右(七)(九)の合計金四一万一五六〇円、原告典子、同彰はそれぞれ(七)の金三一万一五六〇円、及び右各金員に対する本訴状送達の翌日であること記録に徴し明らかな昭和四七年一〇月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求め得るから、原告らの本訴請求を右の限度で認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 権藤義臣)